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(1960〜2004)
↓ アメリカ建国200周年にあたる1976年にVS-29の飛行隊長指定機(CO機)に施された記念塗装で、ドラゴンシップの帆が星条旗とされて、1976年独立の年号が入っている。S-3A/NK-701/Bu.No.159391。この機体は後にES-3Aに改造された。


太平洋戦争中 日本がアメリカの潜水艦に輸送ルートを徹底的にたたかれ敗北への道をたどったのと同様、アメリカもイギリスやヨーロッパ諸国への輸送ルートをドイツのUボートに叩かれた経験から、海洋国家といて対潜戦闘には大きな労力と予算をつぎ込んだ。冷戦時機 空母打撃群にとって一番の脅威はソ連の原子力潜水艦隊であったことから、護衛空母という名目で多数の対潜空母を作り、専用の対潜哨戒機S-2E、S2-Fシリーズを展開していた流れから 大型原子力空母には対潜専用の飛行隊を持つ方針となり開発されたのが、S-3Aであった。
↓ 太平洋方面では、初の艦載対潜哨戒機飛行隊の実戦部隊として、原子力空母USSエンタープライズに搭載されたVS-29のS-3A。尾翼のマークは、13世紀の北欧民族が使ったドラゴン船をモデルにデザインされたもので、CAG指定機以外は、白と黄の縞模様である。S-3A/NK-700/Bu.No.159390
↑ 1977年8月にノースアイランドで撮影されたVS-29のS-3A/NK-704。この時期各VS部隊の定数は10機であり、700〜710までであったが、この定数も時期によって変化した。因みにS-3AのレーダーAN/APS-116は、P-3Cの使っていたAN/APS-115の発展形である。写真は翼下に部隊名とマスコットの書かれた増装タンクを付けている。
↑ 1977年6月になるとテールコード"NK"の書き方が上の写真のように変わっている。NK-700は、司令官指定機としてバイキング船の帆がCVW-15に所属する飛行隊各隊のカラーが塗られている。因みに帆の赤は、VF-1Wolfpavk のスコードロンカラ―である。
↑ 同じく1975年8月にノースアイランド海軍航空基地で撮影されたVS-19のS-3A/NK-707。機首のレドームに収められていたのは、AN/APS-116対潜哨戒レーダーで、Xバンドで15.5海里(29Km)先の潜水艦の潜望鏡を捜索でき、荒れた海域での潜望鏡やアンテナを捜索できるように設計されていた。この時期はレードームカバーの塗装は性能低下を招くと禁止されており、製品の素のままの色であった。
↑ 上2枚の写真は1975年8月にノースアイランドで撮影されたもので、既にModexが"704"と正規のものに変更されている。この頃空母航空団の新鋭機はF-14Aトムキャット戦闘機とこのS-3Aバイキング対潜哨戒機の2種類で、特にその動向が注目されていた。
↑ 1975年4月にノースアイランドで撮影されたVS-19のS-3A/NK-201。1974年にS-3Aを受領し始め1976年から原子力空母USSエンタープライズに搭載された。第15空母航空団(CVW-15)の所属は決まっていても、1975年の時点でModexが確定していなかったようで仮の”201”を付けている。空母配属後は、700番台を付けるようになった。因みに大西洋方面ではVS-21が1974年7月S-3Aの編制を完了しており、VS-29は太平洋方面で最初のS-3A部隊となった。


