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厚木基地で海軍機を撮影してこの道に入ってしまった私には、厚木基地の諸先輩方が昔撮った空母甲板上での艦載機の群れを見て、航空甲板にずらっと並んだ艦載機を片端から撮影してみたいとの欲求がずっとあったのだ。しかし1977年のUSSコンステラーション公開でも甲板には乗れず、中々それが満たされる事は無かった。漸くそのチャンスが来たのが、1979年10月に横須賀港に寄港したUSS
キティホークの公開であった。USSキティホークは、暫くの間CVW-2と共に行動していた為、”NH”のテールレターを連想されたのであったが、1979年秋の航空母艦甲板公開の時は”NL”となっていた。本項では、前項とのUSSコンステレーションの時とは異なり、VS-21はCVW-15の傘下に組み入れられていた為、”NL”のテールコードを付けたS-3Aを撮影する事となった。
↑ 甲板上で運用される艦載機は、塩害の他に甲板でのピッチや油汚れ、授記カタパルトの蒸気など機体を汚す多くの要因からレードームの汚れも酷い。エンジンカバーには2種類あり、通常の異物防止用の布製と上写真NL-704のS-3A第一エンジンのカバーのように、網を付けた籠状のタイプがあった。このタイプは付けたままでエンジンテストが出来るようになっている。
S-3A/NL-706/Bu.No.160567
↑ 空母甲板上では、出来るだけ多くの艦載機が駐機できるように主翼は折りたためるようになっているが、S-3Aの場合、格納庫に入れる際に背の高い尾翼が構造物に接触しにくくするため、これも折り曲げられるよう設計されていた。甲板上では必要ないのであるが、格納庫から出しての一般公開だった為、折り曲げたままである。700番は一応CAG指定機ではあるが、特別な塗装はされていない。
S-3A/NL-700/Bu.No.160157
当時のVS部隊は10機編成と言われたが、各VSを見ると700~707番までであり、艦隊行動中は8機編成が一般的であったようだ。恐らく本国に予備機を準備して10機となっていたのかもしれない。
S-3A/NL-711/Bu.No.160570
S-3A/NL-707/Bu.No.160568
S-3A/NL-705/Bu.No.160164
↑ S-3Aバイキングの全長は16m、全高は約7mである。全長はFA-18Cより1m短い程度の艦載機としては小ぶりな機体であったが、同隊が太い分燃料庫も大きく航続距離は4000㎞を終えた。
↑ ソ連と緊張関係にあった冷戦期は、空母の最大の脅威が原子力攻撃潜水艦の待ち伏せ攻撃だった。また、ソ連の戦略原潜を狩る為にアメリカから遠く離れたオホークス海やバレンツ海などに入り、敵国の戦略原潜の聖域と言われる海域での対潜行動も重視されていた。しかし、S-3Aが期待されていた役割は前者の艦隊防衛であり、Fleet
Defence ASWと呼ばれる任務だった。其の為本格的な艦載型対潜哨戒機を必要としたのである。
↑ S-3Aの大きな尾翼は部隊マークを描くには最適なキャンパスだが、各VSはS-2時代の派手なマークを書き込んで士気を挙げた。VS-21のバイキングマークは当時スカンジナビア半島からデンマークのユトランド半島付近で勢力を伸ばしていたバイキングの兜とされていたが、後に当時のバイキングの兜には角が無いことが判明している。本項のビューアルナンバーは、全てWhite
Bearさん調べに依る。
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S-3A/NL-704/Bu.No.160163
S-3A/NL-703/Bu.No.160162
↑ 現地にはWhite Bearさんもいらしていたそうで、ニアミスであった。甲板には人数制限なく多くのギャラリーが入場で来た為、ロープ際をゆっくり移動しながら、ぎっしり詰まった艦載機を1機1機撮影して行く。VS-21の機体は全部で7機が甲板上にあって、昔ながらのハイビジマーキングのままである。
↑ 独特のエンジン音を響かせるGE製のターボファンエンジンでA-10A/C攻撃機と同系列のものである。1960年代後半にジェネラル・エレクトリック社が開発したもので非常に信頼性の高いエンジンであった。推力はFA-18に使われたF-404の8割程度の力があり、S-3には十分な力を持っていた。