EP-3E/Bu.No.150501
EP-3E/Bu.No.150498
EP-3B/E Page-2
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EP-3E/Bu.No.148887
EP-3E/Bu.No.150497
EP-3B/Bu.No.149678
↑ 1976年厚木基地のR/W19に着陸するEP-3E/PR-34/Bu.No.150497。1960年後半から1970年初頭に掛けて12機のP-3AがEP-3に改造されたとされ、それらの機体は”ARIES”と呼ばれた。ARIESは、「Airborne
Reconnaissance Integrated Electronic Systems」の各頭文字を採ったものである。
↑ 1976年厚木基地のR/W19に向かう為タキシーするEP-3E/PR-34/Bu.No.150497。以前はずっとEP-3Bだと思っていたが、実は1972年にP-3Aから改造されたEP-3E DEEPWELLと言うタイプだ。PR31/32までがEP-3B、それ以降のPR-33/34/35/36は、全てEP-3Eである。
↑White Bearさんが1979年5月厚木基地で撮影されたEP-3E DEEPWELLで、恐らくR/W19での離陸を厚木基地南側で捉えたもの、空気に湿気が強いようで。プロペラから螺旋状のベーパーが発生している。
↑ White Bearさん撮影のEP-3E/PR-35/Bu.No.150498。光の具合から厚木基地R/W19の夕方の着陸のようである。
(1955~2025)
PR-31/32の2機のEP-3Bが厚木基地に来る前は、コンステレーション旅客機を改造して電子戦機にしたEC-121Mが活躍していたが、ご存知の通り1969年4月5日 北朝鮮沖でMig戦闘機に撃墜されて31名もの犠牲者が出る事件となり、1970年には南ベトナムのダナンでもEC-121Mは、着陸中に墜落事故を起こし格納庫に衝突、22名の犠牲者を出していた。そのような状況によってEC-121の引退とEP-3Eへの更新にも拍車がかかって行くことになるが、EC-121Mの減少と共にVQ-1の使用機はEP-3B/EとEA-3Bが中心となって、1971年には本拠地をグアム島のアガナ海軍基地に移している。またベトナム戦争中はフィリピンのキュービーポイントに分遣隊を置いてベトナム戦の側面支援を行っている。
↑ 上写真3枚は何れも1976年から1977年に掛けて厚木基地で撮影したEP-3B/PR-31。この時代、対潜部隊のVPは派手なマークを尾翼に入れていたが、VQ-1に一切のマークは無く淋しい感じだった。しかし電子偵察戦機なのでそんなものだろうとの感覚でいた。ただ後で考えればこの時期の前後で派手なマーキング時代もあり、VQ-1も地味な時代や派手な時代を周期的に繰り返していたような気がする。
↑ 1976年にWhite Bearさんが厚木基地で撮影されたEP-3E DEEPWELL/PR-33。この機体はEP-3に改造されたもっとも古い機体であったが、長く使われ1994年に引退した。。
↑ EP-3Eの中でDEEPWELLに改造された機体の一つで、古い機体ながら1994年まで使われた。後に良く似た番号のPR-887と言うEP-3E ARIES-Ⅱが現れるが、これはBu.No.159887で別の機体である。EP-3E DEEPWELL/PR-33/Bu.No.148887
↑ 1975年頃VQ-1のEP-3E/PR-36に施された歴代最も派手なマーキングで、何と胴体に青い帯まで入っていた。残念ながら1年少々で消されてしまったようで、1976年には厚木で姿を見る事は無かったと思う。EP-3E
DEEPWELL /PR-36 Bu.No.150501
↑ PR-34の胴体上部前方のアンテナは4本と形状の変ったアンテナ1本を付けていた。
上の3枚の写真で、同じEP-3E DEEPWELLでも付いているアンテナなどの数には其々違いがあり、電子機器などの配置や種類に違いがあるとの想像が出来る。
EP-3E/Bu.No.150497
↑ PR-35/150498は、1976年頃から変わらず尾翼などの塗装の汚れが目立つ機体だった。また,胴体前方上部のアンテナは1本しかない唯一のEP-3E
DEEPWELLだった。