↑ 1969年11月2日厚木基地R/W19に着陸するVQ-1のEA-3B/PR-3/Bu.No.144855。本機は1973年9月19日にグアム島のアガナ海軍基地からフィリピンのキュービーポイントに向かう途中、航法装置の故障で位置不明になり、燃料切れでベイルアウトしたが、幸運な事に護衛艦はるなが付近を航行中で乗員ははるなのヘリによって救助された。↑のEA-3B/Bu.No.144855は、1960年1月12日にVQ-1に初めて配属になった2機のうちの1機である。尾翼先端のアンテナ、機首下のL型ブレードアンテナが撤去され、カヌー型アンテナが大型のものに変更されている等の改造が施されているが、右翼下の四角いブレードアンテナはついたまま・・・
↑ 1965年8月10日厚木基地北側から着陸するVQ-1のEA-3B/PR-5/Bu.No.146457。私(White Bear)が初めて行った厚木基地で、初めて撮った思い出のEA-3Bである。
↑ 当時 私は全機制覇などの目的をもって瀬力的にVQ-1のEA-3B/PRを撮っていたわけではない。VQ-1の情報は少なく、塗装的にも魅力に欠けていてさほど興味も無かったが、厚木基地に行けば結果何機かは撮れていなので、結果的にかなり揃ってしまった。PR-5はあまり馴染みのない機番であったが、無事に寿命を全うしたようだ。
↑ 3月27日or28日厚木基地南東のタキシーウェイをR/W-19に向かうVQ-1のEA-3B/PR-2。一つ上の画像の丁度1年後の再会であるが、尾翼先端の突起が無くなっている事、尾翼前縁のブーツの色が黒から白に変っている事、JATOフックが綺麗に識別できる事など違いがみられる。機体が異なるのかもしれない。
click here
( All Text & Photographs by White Bear )
↑ 1968年3月14日厚木基地を北側に向けて離陸するVQ-1のEA-3B/PR-2/Bu.No.146451。本機は1985年12月に退役した。この写真は私(White Bearさん)の一番お気に入りのアングルである。
EA-3B/TA-3B Page-1
VQ-1にEA-3Bが配備されたのは1960年前後と言われているが、詳しい日付は不明である。EA-3Bの原型がA-3スカイウォリアー艦上爆撃機であり、その爆撃機としての役割を終えた大きな機体に、今度は与圧機能を付加して電子機器を搭載し電子戦機にした事から、最初はA3D-2Qと言う型式名だった。EA-3Bは25機程度が改造されてVQやVAQ等の部隊に配備されたそうだ。1960年代には厚木基地にもEA-3Bの配備が進み、珍しい機体ではなくなったが、時間の経過と共に現地マニアの間では毎日飛行訓練を繰り返す常連さんとして、無視される事も多かったそうである。本項と次項は、私が厚木基地に足しげく通うようになった1976年以前のEA-3Bの活動を纏められたWhite Bearさんの貴重な写真と資料を基に作成した。(2025年7月 記)
↑ 1973年頃、PRのテールコードに因んで、Playboy Rabitのラビットヘッドを尾翼に書き入れたVQ-1のEA-3B/PR-2/Bu.No.146451
↑ 1968年頃 厚木基地で活動していたVQ-1のEA-3B/PR-5/Bu.No.146457。尾翼端のECMアンテナ、機首下のL型アンテナ、胴体下の小さめのカヌー型アンテナなどが特徴だった。White Bearさんが厚木基地で最初に撮られたVQ-1のEA-6Bでもあるが、鼻が白く塗られていた時期もあった。
( All Text & Photographs by White Bear )
本項、以下の掲載写真とテキストは全てWhite Bearさんによるものです。
↑ 1970年10月10日厚木基地の南側から着陸するVQ-1のEA-3B/PR-1。尾翼先端のコーン。機首下のL型のブレードアンテナは撤去され、胴体下のカヌー状のアンテナも大型化された。PR-1に関しては1967~1968には、EA-3B/Bう。No.144848が配備されていたが、ベトナムのダナンで1968年6月20日ロケット弾攻撃を受けて被弾、修理の為輸送船に搭載され本国に向かう途中、12月14日東京湾口で暴風雨に遭い、係留索が切断して海中に落下、引き揚げられたが、塩害が酷く破棄された。この機体はPR-1の2代目か3代目になる。
↑1969年3月下旬、厚木基地北側から着陸するVQ-1のEA-3B/PR-7 Bu.No.不明。同年4月15日のEC-121撃墜事件の3週間前。学生時代の最後の春休みに厚木基地に行った時に撮影。特に何ら変わった所も無いEA-3Bであったが、証拠写真に1枚だけシャッターを切った。
↑ 1969年11月3日厚木基地北側から着陸するVQ-1のEA-3B/PR-4/Bu.No.146459。本機は1986年12月に退役した。PR-4は1964年5月20日にアラスカのエルメンドルフ空軍基地でシリアルが確認されており、また1980年の岩国FSDの時も同じであった事から、4番機(PR-4)は配属当初から変わっていないものと考えられる。左エンジンと右エンジンのエンジンカバーの「JET
INTAKE」のデザインが異なっているのが面白い。
↑ 同じく1965年8月10日厚木基地北側から着陸するVQ-1のEA-3B/PR-5/Bu.No.146457。本機は1986年7月に退役した。
↑ 1968年8月16日厚木基地を離陸の為タキシーするVQ-1のEA-3B/PR-1。VQ-1のEA-3Bは、ノーマークで機番以外区別しにくいとか、厚木基地がベースで地元のマニアも真剣に撮らないこともあり、余り意欲的に撮らなかった事を反省している。今になってみれば、もうすこし真剣に向き合っていたら良かったなと思う。
VQ-1に最初に引き渡されるはずのEA-3B/Bu.No.144853は、岩国基地へフェリーの途中、1959年11月27日に給油等で立寄るはずの太平洋上のウェーキ島が見つからず、EA-3Bからの無線で「15分以内にベールアウトする」との通信を最後に消息を絶ってしまった。代替のEA-3B/PR-11/Bu.No.144855とPR-12/Bu.No.144850の2機は2か月遅れの1960年1月22日に岩国基地に到着した。VP部隊ホームページのVQ-1のファイルには、この2機と思われる画像ががあるが、これらの機番は手前の機体が”9”、後方の機体が”8”に見える為、VQ-1に引き渡された時は、Modex8と9だったのかもしれない。そして部隊は同年7月に岩国基地から厚木基地に移動している。
↑ 1970年10月10日厚木基地を北側に向け離陸するVQ-1のEA-3B/PR-3 Bu.No.不明
「低い!」と思わず叫んでしまいそうな離陸、脚もまだ完全に畳んでいない。一つ上の画像と比べると、カヌーアンテナは変更されているが、L型アンテナ、尾翼先端アンテナはまだ改造されていない。エンジン空気取り入れ口注意書きが、一つ上の画像と異なる。
↑ 1969年8月16日厚木基地南側で離陸を待ちをするVQ-1のEA-3B/PR-6/Bu.No.142671。尾翼先端のECMアンテナが撤去されているが、この時点では機首下のL字アンテナは撤去されていない。また胴体底部のカヌーアンテナも新型に更新されていない。