VMFA-312
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Insinia of VMFA-312
↑ 1976年10月に撮影されたVMFA-312の列線。所属機は同じマーキングで有り、一つ上の派手なマーキングは残していないようである。レーダーコーンが白い所が旧塗装の名残であるが、この後直ぐにレーダーコーンは同隊と同じエアクラフトグレーに塗られ、機種の黒いモヒカンが延長された。
VMFA-312は、チェッカーボードという部隊名である。まるで標的曳航を専門に請け負う飛行隊のようなネームとマーキングの部隊だ。VMFA-312は1966年にビューフォートで設立され、F-8クルセダー時代も時折日本に飛来もしたそうだが、1979年の夏にF-4Jを装備してから初めての岩国駐留を半年行った。それまでは雑誌の中でしか見る事のできなかった部隊だったので、嘉手納に初飛来した時の興奮は今でも忘れない。当HP内に嘉手納基地のR/W23Rにフォーメーションでタッチダウンしている写真を掲載したが、それがF-4Jとなってから嘉手納初飛来の時のものだ。

以前VMFA-312は、チェッカーボードの部隊名の通り白黒のチェックを大きく尾翼に描いていたものの、来日時は既に主流になり始めたロービジ塗装に近いグレーの機体に細かい黒のチェックを入れての登場であった。以前のような派手さには欠くが、嘉手納基地を訪れていたマニア諸氏は一様に感激してシャッターを切ったものである。その後S型ファントムになってからも岩国に駐留しているが、チェックはグレーの濃淡と益々醜くなっていた。VMFA-312は1987年にFA-18Aホーネットに更新し再び岩国を訪れるが、長い間忘れ去られていた赤と黄のトリムラインが再び復活しているのには驚いたのものである。(2002/6 記)
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↑ 上の2枚の写真は何れも1976年7月にMCASビューフォートで撮影されたもので、1976年がアメリカ建国200周年であった為、背中の”VMFA-312"は国旗の3色で飾られた。尾翼の塗装はこの年所属の全機に施されたようであるが、この派手な塗装を何年続けたかは不明、恐らく1年弱で↓の塗装になったと考えられる。尚この塗装は2024年FA-18Cにも施され、その機体は2025年に岩国基地にも飛来した。
↑ 1975年9月MCASボーフォートで撮影されたVMFA-312のF-4J。この時期テールコードと機首のModexには白いシャドーが入っていた。F-4J型を受領したのが1972年であるから、J型3年目に当たる年だ。
↑同じく1972年頃からVMFA-312のF-4Bが纏い始めたマーキングで、これは完全にF-8E時代に尾翼を飾っていたチェックと同じであり、次のF-4J時代も暫く続いた。赤色と黄色がトリムラインを飾る。F-4B/DR-19/Bu.No.150625
Wings
↑ 1978年9月MCASビューフォートで撮影されたVMFA-312のF-4J。翌年7月に同隊は日本の岩国基地へ展開することになるが、その際のマーキングと同一であり、既に日本展開1年前に我々が見慣れたこの塗装が施されていた事が判る。
↑VMFA-312は、1966年12月にMCASボーフォートでそれまで使っていたF-8Eから機種転換してF-4Bを受領した。上の塗装は1972年頃のものであるが、機首のレーダーコーンにチェックを入れていた。これはF-8E時代に機首のジェットインテークにチェックを入れていたものを踏襲したと考えられる。F-4B/DR-1/Bu.No.152326
F-4B/J