↑ 1971年にF-4BからF-4Jに機種更新した後も基本塗装は大きく変わっていない。テールレターの字体や電光の位置に若干の違いがある程度。ラダーは白く”MARINE”は細文字。F-4J/DW-8/Bu.No.153770
VMFA-251
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VMFA-251は、1941年にカリフォルニア州ノースアイランドで偵察任務を目的に創設された飛行隊で、当初はVMO-251と命名された。最初の装備機はF-4Fワイルドキャットである。その後F-4Uコルセアを受領して、ガダルカナル/フィリピン戦線を戦い、1944年にVMF-251に名称変更となった。1964年に現在の部隊名VMFA-251とされ、AD-4D/FJ6/F-8Jと装備機を変え、F-4Jへの機種転換は1971年の6月7日から開始した。1986年ホーネットへの転換を完了、F-4時代は1977~1978の1年間の駐留以後姿を見せなかったので、FA-18になってからの方が来日が多い。元々空母と共に大西洋方面での任務が多い飛行隊である為、最近またすっかりご無沙汰になっている。(2002/5/26 記)
F-4B~J
Wings
↑ F-4J時代の数年間に採用されたマルタ十字を入れたデザインで、尾翼のネービーブルーが電光を引き立ている。この塗装は1977年末にはロービジタイプに変更されたが、基本的に同隊がS型を受領するまでデザインとしては残った。F-4J/DW-7/Bu.No.155521
↑ 1975年に一斉に塗り替えられたVMFA-251の新マーキング。尾翼全体をネービーブルーの下地にして白で十字架が書かれ、部隊シンボルのオレンジ色の電光が入った。写真は1975年2月のドビンス空軍基地の航空ショーに展示されたF-4J/DW-7/Bu.No.153888で、パッケージポッドはVMFA-312から借用したようである。本機もS型に改造後はVMFA-235などで使われ、J/S時代共に日本に来ている。
↑ 1975年9月に撮影されたVMFA-251のF-4J/DW-1/Bu.No.155838。同隊がB型からJ型に更新したのは1971年で、この機体も1975年前後に同隊に配備されている。尚このF-4J/Bu.No.155838はこの後VMFA-312に移動して、1979年日本にも来ている。
↑ 次ページでごご紹介するが、1977~1978年初めてアジア方面への派遣を経験して、帰国後は1980年から再びNATO諸国の支援業務が多かった。1980年9月にはノルウェー、1982年にはアイスランドのケフラビック基地への展開を行っている。
↑ F-8Eから1964年にF-4Bに更新した。B型は7年間使用したが、イラストは1972年当時の司令官指定機"DW-00"である。F-8時代に空母運用資格を得たが、F-4B/J時代には、空母に載って航海したことが無く、復活するのはFA-18C以降である。
↑ 1974年8月に撮影されたVMFA-251のF-4J/DW-5と奥にDW-8が見える。撮影場所は不明であるが、この時期部隊の本拠地はMCASビューフォートである。本機は翌年には下の写真のマーキングに塗り替えられるが、このシンプルなマーキングがF-4B時代からの踏襲された色と電光の基本形であった。F-4J/Bu.No.15523 この機体は後にS型に改造され、最後はVMFAT-101で使われた。
↑ 1978年9月に撮影されたVMFA-251のF-4J。再びJ型配備当初のオリジナルのマ-キングに戻された。ラダーが白からグレーに塗られ、機首のModexは小さく、テールコードと電光が重なるデザインとされた所が差異である。部隊は翌年日本の岩国基地に派遣される事になるが、この際はマーキングを再び変えている。
↑ 1978年9月サウスカロライナ州のビューフォート海兵隊基地に駐機するVMFA-251のF-4J。同隊がMCASビューフォートに移動したのは1961年で、その頃はF-8Eクルセイダー戦闘機を擁していたが、当時から海兵隊F-8の最初の部隊として空母運用が始まっていた。最初のF-4Bを受領するのは1964年10月で、プエルトルコで訓練に励んでいて、派遣される地域も1973年のトルコ、1975年のスペインとヨーロッパ方面が多かった。
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