VMFA-232
1976年に厚木/横田で写真を撮り始めて1年、未だ白黒フィルムの自主現像までは進んでいなかったが、コダックのネガカラーフィルムと富士の白黒フィルム ネオパンSを持参して、友人と憧れの沖縄県嘉手納基地に向かった。此処では空軍機の他に部隊で移動訓練に来ているはずのF-4Jの飛行隊も撮れる予定だった。VMFA-115かVMFA-232の何れかが、嘉手納展開しているはずだが、実際行ってみるとそれは待望のレッドデビルスであった。昨年までとマーキングが一新されており、デビルマークは胴体中央に移動していた。一緒に行った友人は、既にコダック社のプラスX-PANフィルムを使って、自分でフィルム現像もしていたのでその仕上がりは素晴らしく、写真の効果には大きな差が生じていた。これを契機に私もフィルム現像と焼き付けの世界に没頭して行く事となる。
↑ 1977年のVMFA-232 隊長指定機WT-00のマーキング。デビルは再び胴体に移動して、F-4J受領時の位置を踏襲している。VMFA-232は同年9月にはカネオヘに戻った為、僅か1年しか見る事の出来なかったマーキングであった。
↑ 嘉手納基地海軍エリアには、この年の夏7~8機のレッドデビルスのF-4Jが訓練に来ており、9月まで嘉手納にいたそうである。我々は8月上旬から10日ほど滞在して 目の前を転がる海兵隊のF-4Jに感激していた。
F-4J/WT-1/Bu.No.155822
↑ 1979年に再び岩国基地に派遣された際のロービジタイプ。但しイラストのように隊長指定機だけは尾翼のマークも赤を使い、胴体にもフルカラーのインシグニアが入っていた。この塗装も1年ほどでなくなってしまった。
↑ 訓練フライトを終え嘉手納基地海軍エリアへ戻るVMFA-232のF-4J/WT-00。コダックのネガカラーフィルム使用の写真であるが、撮影から40年経過しても色落ちしていなかった。
Red Devils(VMFA-232) In Kadena Air Base in Okinawa 1977
VMFA-232 Red Devils New Making in 1979
Wings
F-4J/WT-9/Bu.No.157265
F-4J/WT-5/Bu.No.153796
F-4J/WT-00/Bu.No.155783
F-4J/WT-9/Bu.No.157265
VMFA-232は、F-4Jで最も長い期間連続で日本に駐留した部隊であり F-8U時代には厚木基地にも配備されたことがある。真っ赤に塗りこめた尾翼は、撮影する者の気持ちを高揚させる。デビルのマークは1976年頃、尾翼から胴体側面に移動したようだが、マーキングとしては尾翼に入ったタイプが私は好きだった。1977年10月にVMFA-235(DB)に変わるまで8年近く日本にいたので、我々マニアにとっても縁の深い部隊になった。(この期間 ベトナム戦で一時タイに派遣された事はある) 
F-4J
↑ 1979年9月以降に厚木基地に飛来したVMFA-232のF-4Jは、すっかりロービジ塗装に帰られており、デザインも今までにないものが施されていたが、厚木への飛来も少なく、このマーキングの期間も短かったため、撮影したマニアも多くなかった。但し隊長機(WT-150/Bu.No.157257)は尾翼のマークが赤く、胴体にはカラーのデビルマークがあった。
F-4J/WT-156/Bu.No.155753
HOME
NEXT
click here
F-4J/WT-6/Bu.No.153859
F-4J /WT-10/Bu.No.155754
↑1977年 ガスのかかった横田基地を離陸のため滑走するVMFA-232のF-4J