VMFA-232
F-4J/WT-10/Bu.No.153818
↑ この機体は1979年にはVMFA-235/DB-152で使われ、嘉手納基地で見る事ができた
ベトナム戦で被撃墜3機と言う少なからぬ損害を受けた同隊だったが、1973年最後の海兵隊航空部隊としてベトナムを離れた。VMFA-232は、1974年海兵隊航空部隊で最も優秀な飛行隊に送られるロバート・モリソン賞を授与された。その後、日本の岩国基地に戻り、平和な期間を謳歌するのであるが、F-4Jのマーキングも尾翼を真っ赤に染めた極めて派手な塗装を施し、航空機ファンを魅了することとなる。この赤い尾翼のF-4Jには、デビルのマークが尾翼にある時代と胴体に書かれた時代があったが、概ね1973年から1977年の秋口までで、それ以降はロービジマーキングに変更されている。
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↑ 上写真は1976年の岩国基地航空祭で展示されたVMFA-232のF-4J/WT-2。White Bearさん撮影、氏によれば岩国航空祭にデビルのF-4Jが展示されたのは、1975/1976/1980の3回だけだそうで、赤い尾翼の展示は1976年が最後となった。F-4J/Bu.No.155818は、それまでModex WT-7を付けていたが、WT-2に変更されて展示された。本機は後にS型に変更されたが、1980年会うすカロライナ州沖で僚機と衝突して墜落した。
↑ 1975年5月の岩国基地航空祭に展示されたVMFA-232のF-4J/WT-13。尾翼にデビルが書かれたF-4Jは、1975年と1976年に展示された。私が1976年に厚木基地で見かけた最後のデビルもこのタイプで、1977年にはデビルマークは胴体に移動する。フニュ師匠撮影。
F-4J
↑ 1975年9月に岩国基地に着陸するVMFA-232のF-4Jを捉えた写真、これらの写真は岩国市在住だった故村重寛一氏の撮影によるもの。1976年に厚木基地に遠征に来られた村重氏と厚木のお墓ポイントでお会いし、色々な岩国情報をご教授頂き、別れ際に氏から「海兵隊機の写真を送るので、リクエストしてくれ」と言われた。写真を始めたばかりの私は、厚木では余り撮れなかったVMFA-232とVMFP-3の写真をお願いした所、1か月後に封筒に沢山の写真を詰めて送ってくれた。現在に至るまでそれらの紙焼き写真は私のアルバムで大事に保管している。最近の岩国行で村重氏の訃報を知り、大変残念な思いである。
↑ 1976年アメリカ建国200周年記念の特別マーキングとして尾翼に星条旗と自由の鐘を描いたF-4J/WT-00。しかし、このマーキングは1年足らずで消されている。
↑ 1976年8月に撮影されたVMFA-232の隊長機WT-00にアメリカ建国200周年記念塗装を施したF-4J/Bu.No.155783
↑ 同じくWhite Bearさんが撮影された尾翼のUP写真。F-4J/Bu.No.153833は後にF-4Sに改造されて活躍後、最後は標的機に改造され、2004年に撃墜された。
F-4J/WT-7/Bu.No.155754
Wings
↑ 村重氏撮影のF-4J/WT-4/Bu.No.155806。同機も後にS型に改造されてVMFA-115でも使われた。