↑ 1984年6月に撮影された別の機体で、VMFA-122所属のF-4S/Bu.No.157260。尾翼の編隊灯に細工をして部隊シンボルの剣にしている。
↑ 1980年アメリカ本国に戻ったVMFA-122はS型の更新しマーキングも変更した。機体は上下面ともにエアクラフトグレーとなり、尾翼の剣マークは編隊灯をアレンジして表現している。
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本項では1998年5月以降のVMFA-122の様子をお届けする。彼らは1979年夏以降、アメリカ本国に戻り、間もなくしてF-4Sへの転換訓練を受けて行く事になる。
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↑ 1984年6月にオファット空軍基地で展示されたVMFA-122のF-4S。同隊がF-4S型に更新された後の写真は比較的少ないが、海兵隊の飛行隊の中では2番目に早くF/A-18Aに更新されため、S型の使用期間が短かったためかもしれない。写真のF-4S/Bu.No.157293は、Mig撃墜マークを付けているが、1972年9月11日同機がVF-31時代にMig-21をAIM-9サイドワインダーミサイルで撃墜している事を示している。
F-4S/DC-11/Bu.No.153800
↑ 1979年6月 嘉手納基地にはVMFA-235(DB)のF-4Jも多数機飛来して訓練を行っており、7月にはVMFA-312(DR)F-4Jも飛来し始めたので、DCのF-4Jの訓練は最後を迎えようとしていた。
F-4J/DC-252/Bu.No.153858
↑ F-4Jのレーダーは、F-4Bで搭載したものにパルスドップラー機能を付加したAN/AWG-10を採用した。この解像レーダーは移動中の目標物との位置関係がより明確となり、繰り返し打ち出されるパルス電波により正確な測距が出来るようになっていた。また 戦闘機としてのルックダウン能力も備わったので、水面や地上面からのレーダー波の乱反射(クラッター)を抑え、水平線以下の目標物の掌握が格段に良くなっている。
F-4J/DC-251/Bu.No.153855
↑1979年6月嘉手納基地のR/W23に向かってタクシングするVMFA-122のF-4J。センタータンクに剣持った十字軍戦士らしきシルエットが書かれている。ベトナム戦では彼らは、20mmガンポッドを多用した戦いをしている。
↑ 私の大学時代の最後の嘉手納遠征で撮影したVMFA-122のF-4J。この時既に岩国基地にはVMFA-235(DB)が来ており、嘉手納基地にも多くの飛来があり、続いてVMFA-312(DR)も岩国から嘉手納への移動訓練に参加していたので、VMFA-122のF-4J最後の姿となった。
F-4J/DC-255/Bu.No.153856
↑White Bearさんが1979年5月の岩国基地航空祭で撮影されたVMFA-122のF-4J/DC-250。Modex-250は当時の司令官指定機だったはずであるが、塗装の違いは無かった。VMFA-122のF-4Jの日本国内の展示はこの年が最初で最後となった。