VMFA-122
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1957年9月同隊はビューフォート海兵隊基地へ移動、F-8クルーセイダー艦上戦闘機を受領してVMFA-122は、部隊名を”Cruseders”に変更しているが、当時F-8を受領した最初の海兵隊戦闘機中隊だった為だ。1962年にはF-8の全天候型F-8Eを受領する。そしてその頃勃発したキューバ危機に対応して、キーウェスト海軍基地から出撃している。
 十字軍とはご存知の通り、11世紀アナトリア半島(現トルコ付近)西北部で急激な勢力拡大をしていたイスラム勢力から、強い圧迫を受けたビザンチン帝国がローマ教皇に要請しヨーロッパの豪族に働きかけて、イスラム勢力を追い払い最終的には聖地エルサレムの解放までもくろんだ遠征軍の事で、第一次十字軍は六万人にもなった組織である。宗教対立の激しい時代には、キリスト教勢力の英雄的な存在として持てはやされた。この時の十字軍の旗は白地に赤い十字であり、VMFA-122もこのデザインの盾をインシグニアにしたものである。
↑ 1978年7月 岩国基地で訓練に励むVMFA-122のF-4J。上の4枚の写真は何れも松野主税氏の撮影による。
↑ 1978年7月にVMFA-122のF-4Jが岩国基地に配備された直後の岩国基地での様子。F-4J/DC-1/Bu.No.155888が飛行訓練している姿が見える。当時の岩国基地周辺の様子が判る貴重な写真である。因みにこの機体は数か月後にModexをDT-250に書き換える。松野主税氏撮影
↑ 1977年10月にルーク空軍基地で撮影されたVMFA-122のF-4J/DC-12/Bu.No.153825。ラダーを交換したためであろうが、尾翼の塗装が切れている。
↑ 1976年8月 ビューフォート海兵隊航空基地で撮影されたF-4Jに更新された後のニューマーキングを施されたDC-00/Bu.No.157243
F-4J/DT-7/Bu.No.153911
F-4J/DT-9/Bu.No.153869
↑ 同じく1978年7月に岩国基地で訓練するVMFA-122のF-4J/DC-8/Bu.No.153904。到着したばかりの彼らは、海兵隊の機体らしく一桁のModexを付けているが、同年9月に嘉手納基地展開する際は3桁に書き換えられた。
↑ 1977年10月ニューオリンズ海軍基地で撮影されたVMFA-122のF-4J/Bu.No.153855。同隊初めてのロービジ塗装かもしれない。翌年には岩国基地に派遣される事になっているが、その前に低視認性の塗装研究をしていたのであろう。但し翌年1978年7月に岩国基地飛来した時の写真は下段に展示したが、あっさりはしていたが通常塗装であった。
↑ 1976年7月 アメリカ西海岸のミラマー海軍基地で撮影されたVMFA-122の1F-4J/DT-01/Bu.No.157242。アメリカ建国200周年のマークが胴体中央に入っている。
↑ 1971年ハワイのカネオヘ海兵隊基地で確認されたVMFA-122のF-4Bの新塗装。現存する写真が少ないので同隊の全ての機体が、このようなマーキングに変えられたかわからないが、非常に美しいデザインである。F-4J/Bu.No.150441は1970年にはDT-12だった機体である。
↑ 1978年5月に撮影された同隊のF-4J。正に日本の岩国基地に派遣される2か月前の姿であるが、実際岩国基地に派遣された時の同隊のF-4Jは若干違った字体が使われており、特にテールコードの書き方が異なっていた。
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↑ 1978年8月アメリカ東海岸の海兵隊航空基地ビューフォートで撮影されたVMFA-122のF-4J/DT-04/Bu.No.155881
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↑ 1975年F-4Jに更新された際に施された新マーキングである。当時海軍機で流行したレードームと機首下面の一部までグロスブラックで塗り上げた塗装が機体全体を引き立たせている。F-4J/DC-00/Bu.No.157243