VMFA-115

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海兵隊航空と言うのは、極論すれば第二次大戦で日本軍と戦うために大幅に整備された組織である。それまでは第一次大戦でドイツ帝国のUボート対策とか、南米諸国との紛争で多少活動する程度の小柄な部隊編成だったのだ。それが、太平洋戦争後は、航空部隊だけでも100個飛行隊以上に拡大されていた。何と飛行隊数が10倍に膨れ上がったのである。今、我々日本の航ファンが航空祭で見る事が出来る海兵各飛行隊の殆どが、太平洋戦争中に日本軍と戦うために創設され、激戦を重ねてきた部隊である。VMFA-115もその一つで、当時は”シルバーイーグルス”ではなく「Joe's Jokers」というニックネームを貰って、ミンダナオ諸島方面のヘアカバーを行っている。海兵航空は太平洋戦争後も朝鮮戦争、ベトナム戦争と休みなく活躍する場面が続いたため、すっかりアメリカ軍の中で定位置を確保しているが、日本軍との戦いが発生しなければ、恐らく海軍航空隊の支援部隊として小規模なままでいたはずである。変な表現ではあるが、日本は彼らにとって宿敵でもあったが、組織拡大の恩人とも言えるかもしれない。(2013年10月 記)

FA-18A-VE-08/Bu.No.162461

FA-18A-VE-02/Bu.No.162455

↑ 1987年7月に岩国基地に派遣されて直ぐの頃、岩国基地の若者向けイベントで公開されたVMFA-115のF/A-18A/VE-05。White Bearさん撮影 

FA-18A-VE-05/Bu.No.162458

↑ 上の3枚の写真は何れも1987年11月に撮影されたもので、背景から岩国基地ではないかと推測する。同隊は1987年7月頃、FA-18Aの最初の派遣部隊として岩国基地に到着しており、当時は12機編成での派遣部隊となっていた。

FA-18A-VE-04/Bu.No.162457

↑ 1993年10月 厚木基地に飛来したVMFA-115のFA-18A/VE-08。私が初めて撮影したVMFA-115所属のFA-18Aだったと思う。ビューアルナンバーは読み辛いが末尾が164なので、163164だと推測。

FA-18A-VE-08/Bu.No.163164

↑ 同日にVE-08とペアで飛来着陸したVE-05。VMFA-115の岩国派遣4度目が1993年夏であるから、初回の派遣機とは大分機体が入れ替わっているはずで、尾翼の機番表記も僅かながら異なっている。

FA-18A-VE-03/Bu.No.162456

↑ 上の2枚の写真も1986年12月にアメリカ本国ネバタ州ネリス空軍基地で撮影されたものである。尾翼の鷲のマークが新しいものに変更されたようであるが、このデザインを日本に派遣された後も暫く使用している事から、部隊内部でも評判が良かったのであろう。”VE”のテールコードも背中の部隊名も低視認性を意識して、非常に小さく書かれていた。

FA-18A-VE-07/Bu.No.162460

↑ 1985年9月に撮影されたVMFA-115のF/A-18A/Bu.No.162460。撮影場所は不明であるが、恐らくアメリカ本国でのもので、機首番号もまだ未記入である事から、出荷された機体が部隊に到着して間もない頃の写真であろう。尾翼のイーグルも最初はこのようなデザインで塗装されていたと言う貴重な記録である。因みにこの機番のFA-18Aは日本に最初に派遣された時、”VE-07”とされている。

VMFA-115は、20年以上使用したF-4から 1985年8月FA-18Aに機種を更新している。F/A-18Aになって初めて岩国に飛来したのは1987年7月であり、海兵隊F/A-18A部隊では最初に日本に展開した飛行隊だった。
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