第二次大戦末期の1944年6月に創設された飛行隊で、アメリカ東海岸の防衛計画に基づいて作られた対潜哨戒部隊だった。ロードアイランド州やマサチューセッツ州の海軍基地をベースにキングフィッシャー水上機を改造したOSU2-3を使って対潜哨戒任務に就いていたようであるが、詳細な活動記録は見つからなかった。米海軍のS-2E対潜哨戒機については私自身撮影した事は無かったが、White Bearさんより多くの写真を送付いただいたので、本項でご紹介したい。(2025年11月 記)
↑ → 1975年8月に撮影されたVS-33のS-2E対潜哨戒機。VS-33のユニットカラ―である赤が実に艶やかである。尾翼の剣やスクリューバードのマーク、機首にある当時のインシグニアの様子が詳細に判る写真である。
↑上下の写真2枚は1976年頃、厚木基地で知り合ったベテランマニア氏から送って頂いた厚木基地で撮影したVS-33のS-2E。しかし撮影者、撮影日共に記録が残っていない。↑のS-2E/NT-00/Bu.No.151668は、恐らく1972年前後に撮られたものと推測される。
↑ 艦上に並んでいる航空機は飛行隊に関係なく全て”NT”と言うテールコードを付けているが、これはCVSG-59(Antisubmarine Carrier Air group) のコードで第59空母対潜水艦グループを示す。CVSGは以前は単独で運用されていた対潜哨戒機飛行隊を空母単位で纏めて運用する単位で1960年に始まっている。対潜水艦戦に特化した空母航空団で、主に複数のS-2対潜哨戒機部隊と対潜ヘリコプター部隊などで構成されていた。
↑ CVSG-59(NT)は、1960年からUSSベニントン(CVS-20)に搭載されていたが、1969年6月からUSSホーネットに移り、1970年10月から、本項の写真のようにUSSタイコンデロガに搭載されて行動していた。因みに空母タイコンデロガはCVSG-59を搭載する前までは、通常の空母航空団(CVW)を載せていた。
ところで"Screwbirds"・・ねじ鳥と言う部隊パッチは、どのような経緯で生まれたのだろう。"Screwbirds"の本来の意味はネジを自動で供給し、ドライバーで締め付ける作業を効率化させる装置の事であるが、この部隊名の由来が古い文献にあったので、私の拙い英語力では100%正しいか分からないがご紹介してみる。部隊がまだS-2トラッカーを使っていた1974年頃、当時のCDRは、ジョン・クーン中佐であった。隊長は常々飛行機を操るのは機長の責任で、機長の指示で全ては運用されるべきとの言葉を発していた。この言葉尻を捕え 下士官達が冗談で「おいおい おれたちは永遠に右座席(コパイロット席)にネジ止めだな・・」と言った愚痴から 隊が新たにマスコットを募集する際 ウッドペッカー調のキツツキが右手にネジを持ったキャラクターが考案され、その出来の良さが評価されて隊の皆の同意を得て機体に貼ったというもの。
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↑ 本機はビューアルナンバーが読めないが、最後の文字が”7”からVS-33所属機を辿ると、恐らくBu.No.149847と推測され、1970年から1973年頃に撮影された写真と思われる。
↑ White Bearさんが1965年7月に伊丹空港で撮影されたVS-33のS-2E/NT-18/Bu.No.149870。この時のスクリューバードのマークはエンジンナセル後方に書かれていた。また胴体後部には”CVS-20""CVSG-59"などこの機の所属を示す表示がある。CVS-20はUSSベニントンに搭載されている事を表す。このS-2Eはグラマン社で生産開始した初期は"S2F-3S”と呼ばれていた型。
Wings
↑ 1971年6月に佐世保に寄港したUSSタイコンデロガの艦上に駐機するVS-33のS-2E。艦上運用となった関係で機首番が三桁に変っており、また艦上運用とは関係ないが、スクリューバードのマークはエンジンナセル後方から尾翼の先端に移っている。White Bearさんがエクタクロームフィルムで撮影された貴重なカラー写真だ。