(1943~2007)
VS-24の起源は、1943年に設立された艦載爆撃飛行隊VB-17とされる。VB-17はヘルダイバー爆撃機を使いエセックス級空母バンカーヒルに載って南太平洋方面で任務に就いていたようだが、同空母はご存知のように1945年2月菊水6号の神風特攻を受け沈没こそ免れたが、壊滅的な打撃を受け修理もできず引退した空母である。VB-17は1945年2月から同じエセックス級空母のホーネット(CV-12)に移動していたので、恐らくこの時の全滅に近い被害は受けていないと思われる。
1960年4月に対潜哨戒飛行隊としてロードアイランドで再編成され、S2F-1トラッカー艦上対潜機で再びエセックス級空母レイテ(CVG-32)や空母バリーフォジュ(CVG-42)などで運用されていた。S-2E/Gを運用したUSSサラトガで最後の任務を終えた後、当時最新鋭のジェット双発艦載対潜機S-3Aに1976年に更新完了している。部隊ニックネームはS-3A配備直後は、"Red
Tails"だったが、"Duty Cats" "Scouts"と変更されている。2005年の空母ニミッツでの勤務を最後に空母を降りて、2007年にその役目を終え閉隊した。(2026年2月 記)
↓ 1977年12月から最新鋭の原子力空母ニミッツ級1番艦USSニミッツへの搭載が決まり最初の航海に出た頃のVS-24のマーキング。新しいインシグニアは、機首に、古いダーティキャッツのインシグニアを尾翼の先端に付けていた。S-3A/Bu.No.160142。
↓ 1979年に公開された映画「ファイナルカウントダウン」に登場したVS-24のS-3A時代のマーキングで、テールコード"AJ"の書き方がこじんまりとしたもの。尾翼の白い電光の書き方も変化した。S-3A/Bu.No.160137
↑ 上の2枚の写真は1979年から変わり始めた新マーキングのS-3Bでスコードロンカラ―の赤は、少し暗い赤へ変わった。また白い電光も書き方が異なる。
↑ 1978年9月に撮影されたCS-24のS-3A/AJ-701。最初に載った空母USSニミッツとの縁は長く、約10年にも及びA型時代は全て同空母での航海任務であった。尚 所属空母航空団は2007年閉隊まで一貫して第8空母航空団(CVW-8)に所属し、ずっと尾翼のコードは"AJ"であった。
↓ VS-24最後の空母での航海となった2005年の9月USSセオドア・ルーズベルト艦上で確認された恐らく最後のCAGマーキングのS-3B/AJ-700。テールコード"AJ"は、赤いシャドーが尾を引いており、機首のコックピットの縁取りも赤いシャドー付でレドームまで伸びている。給油ポッドには"SCOUTS"の部隊名が記され派手なデザインとなった。S-3B/Bu.No.160143
↓ VS-24は、1993年にS-3Bに機種更新したが、B型になって6隻の空母を渡り歩いている。当マーキングは、A型時代も含め通算で6回目のUSSセオドア・ルーズベルト搭載となった2003年の航海を前に2002年に空母上で確認されたCAG新塗装で.電光が従来の白から黒に変っているのが特徴。S-3B/Bu.No.159765
↑ 1979年10月NASアトランタで撮影されたVS-24のS-3A/AJ-711。"Duty Cats"のモデルである黒猫は、第二次大戦当時から敵に対する対応意識を具現化した動物の代表として使われるようになっており、VF-31のフィリッツ・ザ・キャットやPBYカタリナの部隊ブラックキャット・レイダースなどが有名であるが、同隊もこうした傾向にあやかって、お尻を向けた黒猫をマスコットにしたようである。
↑ 1980年4月空母ニミッツ艦上で撮影されたVS-24のS-3B/AJ-700。1979年9月から1980年5月までの間は、空母ニミッツでの2回目の航海遠征に当たる。既に海軍にもロービジの波が来ており、戦闘機部隊も含め従来の派手なマーキングが少ずつ無くなり始めた頃である。
↑ 1979年9月にNASセシルフィールドで撮影されたVS-24のS-3A/AJ-704。大西洋方面の艦載対潜機部隊は、ほぼこの基地に集約されて、航海に出ていないときは此処で訓練に励んでいた。各部隊は第一航空ASW航空団に統括されていた。
↑ 1976年10月に撮影されたVS-24のS-3A/AJ-702。VS-24は1976年にS-3Aバイキングを装備して、最初は空母USSフォレスタルのCVW-17(AA)に配属予定だったので"AA"のテールレターを書き込んでいたが、空母フォレスタルにはVS-30が宛がわれたため、当時最新鋭の原子力空母USSニミッツへの搭載になった。最初の航海は1977年11月から8か月の長期航海となり、主に地中海方面での哨戒任務にあたっている。