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アメリカ海軍は第2次大戦中にも東海岸沿岸までドイツのUボートの浸食を受けた為、護衛空母にTBMアベンジャー艦上攻撃機を対潜哨戒機に改装して使っていた歴史がある。しかし、単発の小型機では対潜魚雷など重い兵器を積めても限度があった為、大戦後になってより大型の対潜哨戒機の開発に取り掛かった。競争入札の結果、艦上戦闘機のベテランメーカーであったグラマン社が設計したS2F-1(後にS-2と改名)が採用された。冷戦がはじまると、今度はドイツのU-ボートに変わり、ソ連の戦略原潜や攻撃型原潜の脅威にされされた為、アメリカ海軍はこの対潜哨戒機を沢山積載する対潜水艦戦用の小型空母を増産して部隊を次々に展開することになる。私が写真を始めた1976年には、既に対潜空母そのものが消え去ってS-2Eも引退し、時代はS-3Aに移行していたが、このS-3Aも元はと言えばS-2Eの流れをくむ航空機である。この度、White Bearさんから多くのS-2Eの写真を送って頂いたので、各VS部隊毎にページ展開して行きたいと思うが、先ずは代表格として本項でVS-21のS-2Eからご紹介しよう。(2025年11月 記)
↑ 1967年10月 White Bearさんが伊丹飛行場で撮影されたVs-21のS-2E/NS-16。White Bearさん曰く、当時は情報が全くなく、運だけが頼りだったが、この日運よく夕方近くになって突然2機のS-2Eが飛来したとの事。何故 2機での飛来かと言えば、1機が整備目的で飛来する場合、もう1機が整備対象の機体の乗員を回収して母艦に帰る為である。着陸後、1機は整備に入り、他の1機は乗員を乗せて対潜空母などに戻って行った。
↑ 当時VS-21は、対潜空母キャサージ(USS KEARSARGE) CVS-33に搭載され、所属はCVSG-53だったとの事。CVSGとは"Antisubmarine Carrier Air Group"の略で、対潜空母に積載された複数の対潜哨戒機や早期警戒機、また対潜ヘリの部隊を纏める組織である。現空母のCVW(空母航空団)に近い組織。
↑ 伊丹空港に着陸後、タキシーするVS-21のS-2E/NS-18。White Bearさんによれば、伊丹では運が相当よくないとS-2Eは撮れなかったそうである。
↑ 同日に伊丹空港に着陸したS-2E/NS-18。1967年頃、CVSG-53にはVS-21/VS-29/VAW-111/HS-6等の飛行隊が傘下にあったが、母艦だったUSSキャサージは1970年2月に退役し、空母タイコンデロガ(CVS-14)に移動している。
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↑ ライトR1820サイクロンエンジン2基を付けたS-2E、あのバリバリと言うエンジン音が聞こえてきそうな写真である。海上自衛隊のS2F-1と同型機である為、私も写真を始めた頃良く見た機体だったが、エンジンは何と大戦中のB-17爆撃機に使われていた歴史のある信頼性も高いエンジンである。
