(1978〜1999)
地味な役割ではあるが、艦隊に対する物流支援として無くてはならない存在である。VRC-30は、1943年6月VR-5という名称でシアトルの海軍基地に生まれ、海軍全般の輸送任務を負っていた。創設当初、ダグラスR-4Dスカイトレイン、R-5Dスカイマスターなど輸送機としての往年の名機が配備されていたようだ。1948年以降、アメリカ太平洋艦隊の艦隊物流支援航空団の指揮下に入り、艦隊への物資輸送を主任務とするようになった。1957年にVR-5は解散し、VR-21と名前を変えた。1958年にノースアイランドに分遣隊を置いたVR-21は、空母ヨークタウン(CV-10)で直接空母に荷物や人員を運ぶCOD任務を開始した。”COD”と言うのは、Carrier
Onboard Dekivery の略である。1966年VR-211の厚木分遣隊が「VRC-30」となり、アラメダ分遣隊が「VR-30」となって分割された。かつて我々厚木のマニアの身近にいたVRC-50もこうして生まれた兄弟飛行隊であったのだ。VR-30の方はアポロ計画での海上でのユニット回収、要人輸送業務など幅広い業務を行い、それに伴い機材もCT-39セイバーライナーア等を導入。1973年には海軍として初めて C-9B4機を配備した。海軍初の女性パイロット バーバラ・アレン中尉はこの部隊に配属された。VRC-30と言う今の形になったのは、1978年でVR-30の解体と同時にC-2Aグレイハウンドを受領して、VRC-30に名称変更となったものである。(2021/5 記)
↑ フニュウ師匠が1997年6月に厚木基地R/W-19で撮影されたVRC-30のC-2A/NF-43。胴体後部にVRC-30 Det-5と空母名USSインディペンデンスと書かれており 判り易い。
↑ 撮影日不詳ながら、恐らくフニュウ師匠が1980年代後半に厚木基地R/W-01で撮影されたVRC-30のC-2A/RW-36。ラダーの交換かペイントの塗り直しかで”W”の文字が無いが、機首のインシグニアからVRC-30と判る。
↑ C-2Aの胴体後部には、空母コンステレーションの艦名と”CVW-U”の文字。
↑ 1980年8月にファット空軍基地で撮影されたVRC-30のC-2A/Bu.No.155127
1997年7月 横須賀に入港したUSSコンステレーションの甲板上のC-2A ”NE-32”/Bu.No.152167。この機体も長生きして、VRC-40で2024年まで生き残った。
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↑ 1997年9月横須賀に寄港した原子力空母ニミッツ艦上にて、フニュ師匠が撮影したVRC-30のC-2A/Bu.No.162149。尾翼が隠れて確認できないが、”1枚上の写真と同様にのマーキングで、恐らくNG”のレターが入っていたのかもしれない。