↑ 1994年5厚木基地R/W19に着陸するVQ-1のEP-3E ARIES-Ⅱ。前脚カバーの”32”から、これもPR-32/Bu.No.156511であると判るが1年で全面グレーに塗り替えられていた。。この機体が後に中国の海南島沖で事件に巻き込まれる機体である。2001年4月に中国空軍のJ-8Ⅱ戦闘機の迎撃を受け、お調子者の中国人パイロットが、EP-3Eの前方をかすめるように抜きかけた時に、EP-3Eの第2エンジンのプロペラに接触して、J-8Ⅱは墜落、EP-3Eは海南島に緊急着陸して、中国当局に拘束された事件である。 このJ-8Ⅱのパイロット(王偉)は、米軍機を迎撃にやってくる時は、毎回コカコーラを飲んで見せたり、手振りでジェスチャーを送ったり、派手な演技を見せたりなど、米軍の中でも彼のパフォーマンスは有名だったらしいが、ちょっと調子に乗り過ぎて今回は衝突、自らは墜落して殉職した。中国では英雄扱いになっているが、実はいつもの荒っぽい演技で脅かそうとして失敗したもので英雄とは言い難い人物であった。海南島は中国の原子力戦略原潜の基地が建設中でもあり、米軍も領空すれすれまで近づいて飛行を繰り返していた事は想像でき、こうした偵察活動が相手の刺激的対応となっていたのも事実であろう。まぁ毎回話題となるロシア・中国の得意技でもある。
VQ-1
(1955~2025)
1980年代後半から1990年代前半でVQ-1には多くの変化が出てくる。まずは、1984年のEA-3Bの完全引退とそれに伴う、EP-3Eの発展型ARIESの拡充である。1994年には海南島でのEP-3E/PR-32の拿捕事件を契機にARIES-Ⅰの更新でARIE-Ⅱにバージョンが変りこの機体に統一されている。1991年には30年間維持された厚木分遣隊が閉鎖され三沢基地に移転、1994年にはアガナ基地も閉鎖され、部隊の本拠地はNASウィッドベイ・アイランドとなっている。
↑ White Bearさんが1991年5月に厚木基地で撮影されたVQ-1のEP-3E/PR-35であるが、写真では読み取りズらいが、White Bearさんに依れば前輪カバーにインド数字で”35”と書かれているらしい。この時期の海軍機はロービジ逃走が主流であったが、特に諜報活動していたVQ-1は、中国の領海ギリギリまで機体を進出させて行動する為、機番なども見えにくい位置に書かれていた。
↑ 1991年三沢基地航空祭に展示されたEP-3E ARIES-Ⅱ/PR-32/Bu.No.156511。機体のあちこちにアンテナが生えたEP-3Eを見る機会に触れた年だった。米海軍で最も怪しい機体の一つだったので、興味津々で機体各所をを撮影したが、10年後にこの機体がまるまるC国に拿捕されてしまった。
↑ 1991年春に厚木基地のR/W19に着陸するVQ-1のEP-3E ARIES-Ⅱと呼ばれる大きな改造を加えたタイプで、Modex(機首の機番)は、コックピット下から消えて、前輪カバーに”31”と書かれているのが判る。PR-31号機であるが、従来の機体と入れ替えられ、所謂”2代目PR-31"。この機体はBu.No.156507。
↑ 1990年9月にWhite Bearさんが厚木基地で撮影されたVQ-1のEP-3E/PR-34。機首の機番が白で書かれた短い時代の一コマである。1989年VQ-1は、EA-3Bスカイウォリアーを退役させ、EP-3E ARIES-Ⅰが主力となっていた。
↑ 2009年1月にWhite Bearさんが嘉手納基地で撮影されたVQ-1のEP-3E ARIES-Ⅱ。蝙蝠のマークを消した跡が見える。前述したが、この機体がVQ-1の”2代目PR-33”となっている。
EP-3B/E Page-4
(2001)
↑ 1993年10月三沢基地の航空祭に展示されたVQ-1のEP-3E ARIES-Ⅱ。前脚カバーの”32”から PR-32/Bu.No.156511であると判る。
↑ マウントフィルムに撮影期日を書き損なったため撮影日は不明であるが、確か1997年に行った三沢基地航空祭での展示機だったと記憶している。この機体は1996年にP-3CからEP-3E ARIES-Ⅱに改造されたとされており、VQ-1の”二代目PR-33”EP-3Eとして、新入りの機体という事になる。
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↑ EP-3E ARIES-Ⅱでも尾翼のアンテナ類が増加したタイプで、胴体上下のレーダーは黑からライトグレーに塗り直しされた2011年頃のマーキング。Bu.No.156514。この時代になると機首下面のドーム型レーダーOE-319ビックルックレーダーのアンテナシールドはグレー色に統一されたようだ。
↑ White Bearさんが厚木基地の航空祭で撮影されたVQ-1のPR-31/Bu.No.156507。尾翼の蝙蝠に書かれた電光は黄色ではなく赤色である。VQ-1は1991年に30年続いた厚木基地の分遣隊を廃止しているので、この機体は三沢基地かグアム島のアガナ海軍基地からの飛来であろう。
(2000)
(2000)
↑ 前脚カバーの部分が判りにくいとの事から、White Bearさんがインド数字の解説も付けて追加で送ってくれた拡大写真が↑である。”35”を表しているそうだが、なるほど・・・でもよっぽどこの方面の知識に深く無ければ見ただけでは判らない。流石 White Bearさん・・・コックピット下には蝙蝠の絵柄も。
1996年10月に三沢基地に展示されたVQ-1のEP-3E Aries-Ⅱ/PR-34/Bu.No.156517 →
↑ 2004年11月 White Bearさんが嘉手納基地で撮影された離陸するVQ-1のEP-3E ARIES-Ⅱ/PR-507/Bu.No.156507。この機体は、1986年にP-3CからEP-3E ARIES-Ⅱに改造されてVQ-1/PR-31として使われてきたとあるが、その時代にVQ-1がModex等を消していた為か、”507”のModexは新鮮に見える。また2000年代初頭に引退したようで、この後も私はあまり目にする機会が無かった。
↑ 中国の海南島に緊急着陸して拿捕されたEP-3E/Bu.No.156511が再び復活して、大きな蝙蝠を尾翼に描いた2005年のマーキング。蝙蝠のモデルは大型のフォックスバットではなく、チスイコウモリのようである。
Wings
↑ 海南島事件が起きる1年前に、White Bearさんが、嘉手納基地で撮影されたVQ-1のEP-3E/PR-32.。C国に拿捕された時のマーキングは恐らくこれと同じであったはずだ。EP-3の外見的特徴の一つである胴体前部下面のドーム型レーダーOE-319ビックルックアンテナが、黒からグレー色に変っている。このアンテナは飛行中に胴体から下部に降ろして、レーダー波が遮らない様調整が出来る。
↑ 恐らく多くの海軍マニアが血眼になって追っかけたVQ-1のオオコウモリである。2005年8月に何とWhite Bearさんは無事Getされていた。羨ましい・・・・私は派遣されていたC国で指を咥えて逃してしまった。この蝙蝠の絵柄を良く見ると実にリアルに描かれているが、モデルは手のひらにも乗る小さなチスイコウモリと思われる。鋭い牙を持ち、唾液に麻酔薬と同じ成分が有る為、噛まれても気が付かない。この蝙蝠に血を吸われて死ぬことは無いが、寄生虫や病原菌の媒体として恐れられており、南米では毎年何千人かが媒介された病原菌で死んでいる。話が逸れたが、VQ-1はこの大きなコウモリのマーキングを最後に暫くの間ノーマークの時代に突入する。
(2001)