VMFA-235
Page-5
F-4J Death Engels
↑ 1982年4月 初めて同隊がF-4Sの飛行隊として岩国基地に駐留した時の塗装で、従来と大きくこちょなった部分が、F-4Sのラダーにテールコードの一部が書かれるようになった事だ。従来はテールコードがラダーに掛かる事は無かったが、この時初めて書かれ、以後踏襲される。F-4S/DB-07/Bu.No.157283
(1943~1996)
F-4J/DB-06/Bu.No.158373
↑ 同じく1981年3月にWhite Bearさんが岩国基地展開されて撮影したVMFA-235のF-4J。機体はエアクラフトグレーと呼ばれた比較的明るい灰色で塗られていた。
F-4S/DB-07/Bu.No.157283
F-4S/DB-05/Bu.No.158370
↑ 上写真は、VMFA-235のF-4S型としての最初の岩国基地派遣となった1982年3月の岩国基地の様子。初めてラダーにテールコードの一部が書かれるようになっている。
F-4S/DB-06/Bu.No.155794
↑ 松野主税氏が1982年5月の岩国基地航空祭で撮影されたVMFA-235のF-4S/DB-06。この時が最後のハイビジマーキングとなったそうである。
F-4S/DB-05/Bu.No.155851
↑ 松野主税氏が1985年5月の岩国基地航空祭で撮影されたVMFA-235のF-4S/DB-05。ご覧の通り、完全ロービジタイプである。
↑ 1987年3月 White Bearさんが岩国で撮影されたVMFA-235のF-4S/DB-15。この年のVMFA-235の派遣がF-4Sとして、またファントムとして最後の岩国基地展開となった。
F-4S/DB-15/Bu.No.158370
F-4J/DB-03/Bu.No.158352
HOME
NEXT
click here
↑ VMFA-235がFA-18Cに機種交代する直前の1989年 同隊の全ての機体にカラーで文字と赤いラインが復活した。ハワイのカネオヘ海兵隊基地で列線を撮影されているが、岩国など日本に飛来した記録は無いようだ。F-4S/DB-06/Bu.No.153791
F-4J/DB-07/Bu.No.157254
↑ VMFA-235がF-4Jとして最後に岩国展開したのが、1980年10月でこの時も前回1979年展開時と期待をガラリと変えての派遣だった。マーキングは、1979年派遣の時と変化は無かったが、Modexは海兵隊らしい2桁に戻っていた。White Bear さんが1981年3月に岩国で撮影。
Wings
F-4J/S
F-4J/DB-14/Bu.No.157255