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AV-8B(N) Harrier II Bu.No.163669
↑ 2009年5月 岩国基地航空祭会場には複数のナイトハリアーが展示された。CF-24とCF-20/Bu.No.163669 。撮影フニュ師匠
↑ 2011年春 嘉手納に8機が展開したVMA-211のハリアー、私が嘉手納基地訪問した2011年4月4日と5日は全く飛ぶ気配がなく、今回もハリアーに見放されたか・・と落ち込んだ。地元の友人のWさん曰く、「昨日全機タンク付けたから、そろそろ岩国基地に帰るんじゃない」・・・・でも何時帰るの??これも運である。帰宅を予定していた6日の朝漸く運が向いてきた。朝からハリアー周辺の動きが激しい。遂にラジオに岩国へのクリアランスが出たという情報。ラッキーである!そうであれば撮影のチャンスは1度だけ、早速ポジションを変え離陸の撮影に急ごう。朝から晴天の大空、しかし一瞬太陽に雲がかかったその時だったフォメーションの2機は上がっていった。。
ネットに公開されたキャンプ・バスチオンで被害を受けたハリアーの様子。
VMA-211は2012年4月、遠征先アフガニスタンのカンダハル遠征時にイギリス軍管理のキャンプ・バスチオンで、タリバンによる基地の襲撃を受け、6機のハリアーを失うという大きな被害を受けた。この襲撃で何と飛行隊長のクリストファー・K・レイビル中佐までが戦死しており、飛行隊で2名の戦死者を出したのだ。アメリカのマスコミは「ベトナム戦のテト攻勢以来の最悪の被害」と書き立てた。タリバンの計画は周到で、事前にこの基地に駐留しているイギリスのハリー王子の殺害を予告していた。その為アパッチ攻撃ヘリなどを配備し警戒していたが、米軍陸軍の制服を身にまとった15名の重武装タリバン戦士は、3チームに分かれ基地の同時攻撃に成功している。ハリアーの駐機していたハンガーと3つの燃料補給処が同時に攻撃され被害を受けた。レイビル中佐は、AV-8Bでの飛行時間2000hを超えるベテランで、飛行隊長を務める前はユマで3年間航空機の武器関係と戦術の教官を務め、日本やイラクにも派遣されていた。3人の子供と奥さんを残しての戦死である、ご冥福を祈りたい。
↑ 2013年頃のVMA-211のショーバード。星条旗の3色をフランス国旗のように盾のラインで並べ尾翼にライオンのインシグニアを入れているが、飛行隊カラーである黄を何処にも使っていない。機体各所の国籍マークも海軍の古いものを使い、MARINEの文字も細い字体で描くなど、何かの記念を表したものかもしれない。ハリアー時代の最後のショーバードとなった。AV-8B Bu.No.164553
↑ 2010年ハリアーになって初めて尾翼一面を派手に塗りあげた機体で、アメリカ本国のショーでデビューしたが残念ながらこのマーキングで日本に飛来したことはない。歴代のVMA-211ショーバード機でもっとも目立つマーキングで、機首Modex01は黄色のシャドーが太めに書かれている。尾翼の赤/黄はインシグニアの2色から選ばれたものである。AV-8B Bu.No.165568
2011年4月6日 午前中の3機に引き続き13:20にナイトハリアーが2機離陸した。フォーメーション・テイクオフであったが 2機の間隔が離れすぎてファインダーに収まらない。しかも太陽はTOP!、証拠写真程度の物にしかならなかった。只マーキングが新旧2通り有り、並んだ状態で比較できるれば面白かった。
↑ 飛行展示を終えタキシーウェイを滑走するVMA-211のAV-8B/CF-00/Bu.No.165586
↑ 2009年5月5日.恒例の岩国公開日 この日は、久々にAV-8Bの展示フライトが多かった。何とナイトハリアー2機 飛行展示には、レーダーハリアー”CF-00”が使われ 垂直上昇などハリアーの飛行特性を生かした展示飛行が披露された。フニュ師匠のレポートより
AV-8B(R) Harrier II+ Bu.No.165586
↑ 22014年強襲揚陸艦マキン・アイランドに搭載されて航海に出た際のマーキングで、尾翼には海兵隊遠征部隊の統合運用飛行隊HMM-163のテールレター「YP」が入っている。VMM-163は、2011年MV-22Bオスプレーに機種交換を終えたばかりの飛行隊で、有名な「Evil Eyes」(邪悪なまなざし)飛行隊である。彼らのマーキングのポイントである「目」がハリアーの機首に書き込まれていた。AV-8B(NA)Bu.No.164134は、1999年VMA-311として嘉手納に飛来している。