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↑2002年3月フラットレー中佐はモンガー中佐と交代しVF-154のCOに就任。親子3代のNAVY一家で、お祖父さんは海軍中将迄なられたそうである。( )は撮影年。
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2003年9月24日11機のF-14Aが厚木を飛び立ち本国へ帰還した。1977年に厚木に初飛来して以来憧れてやまなかったF-14Aが厚木に配備され、そしてまた厚木基地を去っていく。30年間もアメリカ空母艦載機の主力を担ってきたトムキャットも老兵となり、第一線を退き引退への道を歩んだ。
XO(2001)
↑ 厚木夕方のR/W19のタッチダウン。少し黄色みがかかった夕方の日差しを横から浴びている為、下面にも光が回っている。右翼付け根のパイロンにはAAQ-225/LANTIRNポッド、夜間爆撃の際に目標指示に欠かせない道具である。
Last F-14's knights (2003)
CO(2001)
↑ 左翼にフェニックスミサイルのイナート弾をぶら下げて厚木で訓練中のNF-110。このマーキングは2001年11月頃から見かけられ 2002年にはほぼ全機に施された。1996年に対地攻撃用の改装が行われている為 純粋な邀撃戦闘機ではなく すでに戦闘攻撃機としての役割が大きいトムキャットであった。
↑VF-154のF-14A最後を飾るマーキングでこのページを終わろう。最後のマーキングは尾翼の明暗部分を入れ替えたネガチブなものだったが、ダークグレーの下地が落ち着いた雰囲気を出しマニアに好まれた塗装となった。また、ラダー下部に星条旗と”BKR”の文字を入れアクセントを取っている所も良い。この機体は(NF-104 158620)、イラク・フリーダムに参加した12機の内の一機であったが、作戦中にトラブルで墜落失われている。
↑ NF-100とNF-101には上記のマーキングが施された。以前に比べ決して派手ではないが、実戦向きのマーキングとして我々マニアはこのマーキングを歓迎したものである。これが撮れれば満足な1日であった。左翼にサイドワインダーの訓練弾を装着している。
VF-154厚木駐留の後半は部隊名に因んで黒のつなぎに変更しているが、スコードロンカラーの黒と赤の内、赤はT-シャツに反影させており中々お見事、お洒落でございます・・・
←左下写真のCOモンガー中佐は、2000年12月に前任のキング中佐と交代で赴任した。