(1977~1994)
SH-3Hシーキングも90年代に入るとついにロービジビリティ(低視認性)のマーキングに変更された。対潜ヘリのマーキングは 各部隊ともオリジナリティが多彩で 撮影のターゲットとしては面白かったが、一気にこの面での楽しみを奪われた。
SH-3Hは、対潜任務の他に飛んでくる対艦ミサイルを防御する為の機材(ESM電子支援装置&捜索レーダー)が積まれていたが、空母搭載で主任務をこなす本機からはこの任務は後にはずされた。
1991年6月12日に発生したフィリピンのピナツボ山の噴火に伴い、空母ミッドウェイは、同隊のSH-3G 6機を搭載してフィリピン米軍軍関係者の救出に向かった。途中 沖縄で重輸送ヘリCH-53(HMH-772らしい)6機が合流し,スービック湾で活動したそうである。
↑ 1992年4月12日 厚木基地航空祭 Wing-92で飛行展示するHS-12のSH-3G NF-613/615
1993年初夏 厚木で飛行訓練をするHS-12のSH-3H
(1990)
(1990)
(1990)
SH-3H NF-615 (156498)
CO (1994)